自分を責めた夜の卵焼き

よりそいノート

「はぁ……」

小雪はテーブルに肘をつきながら、小さくため息をついた。

時計を見ると、もう夜の九時を過ぎている。

仕事は終わった。

お風呂も入った。

明日の準備もした。

それなのに、心だけが落ち着かない。

「どうしたの?」

キッチンから小春が顔を出した。

フライパンからは、じゅうっと優しい音が聞こえている。

「今日ね」

小雪は少しだけ視線を落とした。

「また変なこと言っちゃったかもしれない」

「あら」

小春は卵をくるりと巻きながら相槌を打つ。

「会議で?」

「うん」

「失言?」

「たぶんそこまでじゃないと思う」

「思う?」

「でも帰ってからずっと考えてる」

小春は少し笑った。

「小雪らしいね」

「全然うれしくない褒め言葉だよ」

小雪は頬を膨らませる。

頭の中では何度も同じ場面が再生されていた。

あの言い方はよくなかったかもしれない。

相手は嫌な気持ちになったかもしれない。

もっと別の言葉があったかもしれない。

考えれば考えるほど、気持ちは沈んでいく。

「できました」

小春は皿に卵焼きを乗せてテーブルへ運んだ。

ふわふわの卵焼き。

少し甘い香りがする。

「食べよう」

「いただきます」

小雪は箸で一切れつまんだ。

優しい甘さが口の中に広がる。

少しだけ緊張がほどけた。

「ねえ、小雪」

「なに?」

「もし今日、私が同じことをしてたらどう思う?」

小雪は少し考える。

「うーん……」

「うん」

「そんなに気にしなくていいんじゃないかなって言うと思う」

「どうして?」

「だって悪気があったわけじゃないし」

「なるほど」

小春は頷いた。

「じゃあ小雪にも同じこと言ってあげたら?」

「うっ」

思わず言葉に詰まる。

小春はくすりと笑った。

「また自分だけ厳しくしてる」

「そうかも」

「そうかもじゃなくて、そうだよ」

二人で少し笑った。

しばらく静かな時間が流れる。

小雪は卵焼きをもう一切れ食べた。

「でもさ」

「うん」

「反省するのは大事じゃない?」

「大事だよ」

小春はすぐに答えた。

「でもね」

「うん」

「反省と自己否定は違うと思う」

小雪は首をかしげる。

「どう違うの?」

「反省は次に活かすためのもの」

「うん」

「自己否定は自分を傷つけるためのもの」

その言葉に、小雪は少し黙った。

確かに今日は、

次にどうするかよりも、

自分がダメだったことばかり考えていた気がする。

「失敗したかもしれない」

「うん」

「もっと良い言い方があったかもしれない」

「うん」

「そこまでは反省」

「うん」

「でも『だから私はダメだ』になると自己否定」

小春はそう言った。

小雪はゆっくり頷く。

「なるほどなぁ……」

窓の外を見ると、街の灯りが静かに揺れていた。

今日の出来事は変えられない。

でも、自分を責め続けるかどうかは選べるのかもしれない。

「ねえ、小春」

「なに?」

「私、たぶん今日もそんなに悪い人じゃなかったよね」

「うん」

「失敗したかもしれないけど」

「うん」

「それだけだよ」

小春は優しく笑った。

「それだけ」

小雪も少し笑う。

卵焼きを最後の一切れまで食べ終える。

心の中に残っていた重さが、少しだけ軽くなった気がした。

後悔はある。

反省もある。

でも、それは自分を嫌いになる理由ではない。

今日の自分に必要だったのは、

責めることではなく、

少し優しくしてあげることだったのかもしれない。

そんなことを思いながら、

小雪は空になったお皿を見つめていた。

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