頑張れなかった日のホットミルク

よりそいノート

「はぁ……」

小雪はソファに沈み込んだまま、天井を見上げていた。

窓の外はもう真っ暗。

今日も一日が終わろうとしている。

でも、小雪の心はなんだか重かった。

「どうしたの?」

キッチンから戻ってきた小春が聞く。

手には湯気の立つマグカップが二つ。

「今日ね」

小雪は小さくつぶやいた。

「全然頑張れなかった」

小春は何も言わず、隣に座った。

そしてホットミルクの入ったマグカップを差し出す。

「ありがとう」

小雪は受け取りながら続けた。

「やろうと思ってたこと、いっぱいあったのに」

ふぅ、と白い湯気が立ちのぼる。

「掃除もしようと思ってたし、本も読みたかったし、あれもこれもやろうと思ってた」

「うん」

「でも気づいたら終わってた」

小雪は少しうつむく。

「なんか今日、何もしてない」

その言葉に、小春は首をかしげた。

「本当に?」

「え?」

「朝は起きたよね」

「起きた」

「ご飯は?」

「食べた」

「お風呂は?」

「入った」

「私と話してる」

「話してる」

小雪は少しだけ笑った。

でもすぐに言う。

「そういうことじゃなくてさ」

「うん」

「もっと頑張りたかったんだよ」

小春はホットミルクをひとくち飲んだ。

「小雪ってさ」

「なに?」

「頑張った日は覚えてる?」

「覚えてるよ」

「じゃあ頑張れなかった日は?」

小雪は少し考える。

「覚えてる」

「そっか」

小春はうなずいた。

「でもね」

静かな声で続ける。

「本当に何もしてない日って、実はあんまりないと思うんだ」

「そうかな」

「そうだよ」

窓の外では風が木を揺らしている。

部屋の中はホットミルクの甘い香りでいっぱいだった。

「人ってさ」

小春は言った。

「頑張ったことより、できなかったことを数えちゃうんだよね」

小雪は黙って聞いている。

「だから十個できた日でも、一個できなかったことが気になる」

「あー……」

少し心当たりがあった。

「今日の小雪もそうかも」

「かも」

「できなかったことばかり見てる」

小雪はマグカップを見つめた。

温かい。

手のひらが少しずつほぐれていく。

「でもさ」

小雪が言う。

「本当に何もしたくない日もあるよね」

「あるね」

「そんな日はどうしたらいいの?」

小春は少しだけ笑った。

「休めばいいんじゃない?」

「それだけ?」

「それだけ」

あまりにもあっさりしていて、小雪は思わず吹き出した。

「でも休んでると不安になる」

「なるよね」

「みんな頑張ってる気がするし」

「うん」

「置いていかれそうだし」

小春は静かにうなずく。

そして言った。

「でも疲れてるのに走り続けたら、もっと動けなくなるよ」

小雪は返事ができなかった。

最近の自分を見ているような気がしたからだ。

「ホットミルクってさ」

小春はマグカップを持ち上げた。

「すぐには元気にならないでしょ?」

「うん」

「でも少しずつ温まる」

確かにそうだった。

飲んだ瞬間に全部解決するわけじゃない。

でも少しずつ、体も心も緩んでいく。

「休むのも同じかもね」

小春は言った。

「何もしない時間って、無駄に見えるけど」

「うん」

「実は回復してる途中だったりする」

小雪はホットミルクをひとくち飲んだ。

優しい甘さが広がる。

「じゃあ今日の私は」

「うん」

「回復中ってこと?」

「たぶんね」

その言葉を聞いて、小雪は少しだけ安心した。

窓の外は相変わらず真っ暗だけれど、

さっきより気持ちは軽い。

「ねえ、小春」

「なに?」

「今日は頑張れなかったけど」

「うん」

「ちゃんと生きてたね」

小春は笑った。

「うん、生きてた」

小雪も笑う。

今日は思ったように過ごせなかった。

でも、それでいい日もある。

ホットミルクを飲み終えるころには、

そんなふうに思えていた。

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